地下都市上層。
退廃と偏執の蔓延る地下都市の中でも"光に近い場所"と呼ばれ、
聖女進行を謳う『教会』はとうの昔から腐り果てていた。
神父 ブリント・レッヒェ
その男は、神父を名乗りながら聖女へ執着していた。
その男は、凡夫たる人間に価値を見出していなかった。
その男は、"救い"に欺瞞を抱いていた。
黎明より都市傍観していた男は
祈る力から成る奇跡《聖女》に
縋り、腐り、卑しくも救いにしがみつこうとする人間に、
その嘆願する人間からの信仰を、
金と言う形で巻き上げ権力を手に入れる人間たちに辟易し
文字通り『見ていられない』程にしながらも救済というものへの欺瞞を内に抱く。
欺瞞を解消する為に伸ばした手は幇助や教唆という形になり
間接的にながらも屍を積み上げてきた。
直接的な数も含めれば、それは山となる程に。
それにも疲れ果てた頃。
何処かの世界、何処かへの招待の先で死に至る 筈だったが、
―――全て、須らくすて過去の話。
今はちゃっかり神様と結婚したりした、ただの生臭神父。
【性格】:
胡散臭く冷淡な瞳を持ち、然しながら存外人付き合いは良い。
目的の為なら手段を択ばない節を持ち、善性悪性問わず
面白そうだからと時に教唆し、時に揺さぶる。
今はその性分も大人しくなったように見えるが。
【仕草】:
白杖代わりの大旗を持ち、声明のように床を叩き響かせる。
全盲でありながら『聖力』により疑似的に光覚を得ている状態。
『教会』の主、或いは神父として言葉を落とす時を除き、粗雑な口調が目立つ。
【能力】:
『聖力』を利用した祈りによる奇跡、『欺瞞反旗』
地下都市『イル』 ストーリー
孤児は運がいい #1
手記
初めはただ眩しかった。
地下の昏い都市がまだ黎明を見せる前、心の拠り所を探していた人間へと齎された祈りの力は
文字通りの光となってあたたかく降り注いだ。
それを惜しげもなく披露する女は人を寄せ信仰を生み、気づけば聖女と呼ばれ教会の祖と成る。
恐らくは、であるが記憶する限り一番、人々が救いに満ちていた時期とも言えるかもしれない。
それだけあの女が起こした所業というのは"立派"なものだった。
然し甘味を知った人間が一度で満足するなんてことはない。
寧ろそれを貪るために救いを、祈りを求め続けていた。
聖女が孕む祈りの力はそれに応えるだけの能力ではあったが、肝心の本人はと言えば
人の好さが障り衰弱の一途を辿っていた。
どれだけ休むように言おうと、同じく持っていた祈りを使おうとしようと受け入れる事はなく
22の歳には寝具から身を起こせなくなり程なくして死亡する。
有体に言えば過労死、というものだ。
最期まで人の為に尽くし、人に使われ、そして死んだのだ。
愚かな女。
視界を広くし過ぎるあまり誰の足元なんかも見やしなかった。
ただの一度も、後ろどころか横すら見てはいなかった。
奉公も献身も善意も敬虔も、過ぎればただの毒に過ぎないのに。
まったく、馬鹿な女。
お前がいなければ一体誰がまともに人を救えると言うんだ。
聖女は死せども救いは求められる。
誰かを悼むより先に別の誰かの弔いを願われ、身を整えるより手を伸ばすことをせがまれる。
家畜ですら食べる餌は選ぶと言うのに欲の底を知らない者達はまだ貪り肥えることを望んでいた。
その汚らわしい強欲の手が誰の首を絞めたのかも知らないで。 或いは、知った上で。
俺には、俺達には聖女というモノが必要だった。
あれから聖職者と呼ばれる者は増えど教会という体は成せどと嘗て居た聖女が持ち得たものには程遠い。
聖女が、必要だった。やはりあの女でなくては駄目だったのだ。
死者蘇生は成せなかった。既に死んだ身体に祈りは届かない。
降霊も現実的ではない。曖昧な存在を現世に留める為には手順が要る。何より既に、意志など求めていないのだ。
……研究を重ねるうちに犠牲は増えた。壊れた精神や血に濡れた身体を見る機会は増えたが着実に歩は進んでいた。
また道程で様々な術式を得る。足りない時間は老いという負傷を治し続ける事で克服した。そして。
儀は成った。
魂を縛る為にあの女と縁深い銀十字を用意し、人の器は足を落とし喉を焼いて目を潰す。
名を潤滑剤として魂と物、器を合わせれば意思の無い祈りだけを持ったヒトガタが完成する。
聖女は最期まで人に使われていたが死んでも尚その役目から降りる事はできなかったらしい。
ここまでお膳立てして用意した祈りと救い。
だが当然と言えばそうだろう、
聖女というモノを得た教会は信仰を金に換え凡夫はそれに爪が剥がれ手首が取れるまでしがみついた。
救うための祈りがあったところで根腐れしていては意味は無いのかもしれない。
それも意志を喪いただの機構となったモノから齎されるのなら余計。
だとしたら、そうだとしたら一体何が救いだと言うんだ?
この聖女に強請る人間と薬物中毒者の違いは一体なんだ?
救済とは一体、何だったか。
なにはともあれ、直視には耐えない。
もとめられるがままにあることを失敗とするなら、全てがそうなのだろう。
―――それが善き手ではない事を知っている。
だが欺瞞に満ちた精神で何を正しく救えるというのだろう。
救いが分からないのなら、それを掲げる者達に手を貸し遂げさせれば良い。
例え死を救済と述べたとしても、だ。
本音を言えばこれに悪意が無いとは言わない。底意地の悪い悪戯心に近しい物ではある。
揺れると分かっている水底を揺すれば、何かが起きると期待してもいたのだが。
それすら飽きて期待できなくなったら、いい加減焦がれるのを諦めるべきなのだろう。
手記2
聖女というモノによる体制というのは既に崩れていた。
嘗ての聖女は別世界の理より蘇生を受け、ひとりへの愛に傾倒しその任を降りたのだ。
元よりその器と成りうる者たちは教会の手から逃れたか死亡済み、最早あの機構に再建の見込みはない。
個人的にその出来事だけで見れば、ある意味で肩の荷が降りたような気がしなくもないが……
教会の頭として、神父として述べるのならば事態は非常に悪化していることになる。
聖女信仰の教会から聖女が喪われたらどうなるか、そしてそれが知れ渡るのなら――
救いなどと話す暇もなく下手を打てば組織そのものが解体されかねない。
然しいくら根が腐っていたとして、無くなって良い理由にはならない。
……機械技術だけが齎し得る手も負けず劣らず胡散臭いことに変わりはないのだから。
力の集中化は反理想郷《ディストピア》への一手になりうる。
目途が立たないのは"以前"と同じであり、盲も変わりはないが……
最悪の手段としてアレに触れることも――いや。いいや。
……手を打たなければ。
それはそれとして、最近妙な動きが目立つ。
異端審問官共の濡れ衣、然し金銭の流出自体は確実に起きている。
そして数年前から行方をくらませていた(便宜上)犯罪者の生存確認、更には原因不明の"穴"の観測。
……面倒ごとには事欠かないらしいな。